アイスオーレ狂詩曲

 そういえば、砂糖のパッケージの裏に、脳は砂糖に含まれる葡萄糖によって働いています。いっぱい摂ってね。みたいなことが書いてあった。ちなみにこれはごく普通のグラニュー糖である。

 今日は久しぶりに砂糖をいっぱい飲んだ。
 今年はじめにクエン酸のボトルを買って以来、人工レモネードを作っては飲んでいる。クエン酸を入れすぎちゃったときには重曹をいれてみたりする。そんな感じで生活の中の科学を楽しんでみたりしている。ちなみに健康のことはまったく考えていないし、体にいいとも悪いとも思っていない。実際にはどうだか知らないが。

 考えてものを書くときには、頭を使うわけで、キーボードを打ったりメモを多量に書いたりするときには、甘いものがほしくなる。というか気がついたら甘いものを摂取している自分がいる。
 これって体が必要としているということなんだろうか。
 ええと、これはもっと僕に太れといっているのだろーか。

 砂糖には葡萄糖は含まれているんだ。というのが妙な発見だった。当たり前なのかもしれないけど知らなかった。
 ちなみに、薬局に行けば葡萄糖単体でも販売されているが、単体の葡萄糖はあまり安くない。

 さっき、年末年始用の金を下ろしに行くついでに、お気に入りの珈琲屋に行ってきた。この店は200円というドトール並みの値段で、そこらの下手な喫茶店よりよっぽど本格的な珈琲を出してくれる店だ。平日に池袋で僕と会う用があれば案内するけど、大バッハが珈琲カンタータを書いちゃった気分を、僕はここの珈琲で勝手に理解した。それくらい幸せな珈琲だ。そして、適度なカフェインの摂取も大事なんだと、この店を出るときの気分で改めて思った。

 今年前半、三河にいたときに聞いた話だが、関東関西では甘い缶コーヒーが売れて、名古屋近辺ではブラックが売れるという。
 聞けば名古屋近辺はブルーカラー労働者が多いからと言う話で、必ずしもそれだからと決め付けてしまうのはいけないのだが、ブラックが売れる理由は眠気覚ましにいいからだということも聞いた。
 千葉にはマックスコーヒーという練乳で甘ったるくされたロング缶がある。最近は東京でも売られるようになったが、今年三河にいたころ、職場で千葉土産として配ったところ、なかなか大ウケだった。
 長らく千葉にマックスコーヒーが健在だったり、東京進出を果たしてしまった理由と言うのも気になるものだ。

(この記事は、以前mixiでアップロードしたものと同内容です。後になってこのblogでも公開しました。)

効率的な車輪の再発明を追求する

車輪の再発明は無駄か

私は無駄ではないと思う。
ただ、非効率的なのだ。

車輪の再発明を出来る人というのは、それなりの潜在スキルをもった人だと思う。
そして、車輪の再発明をするような人というのは、明確な、そして強い意思をもって発明や生産をしていることも多いように思う。

これらの意思・価値観は、それぞれの人たちが細かな点では反発しつつも、綺麗にまとめられる点も多いように感じる。
そして、その意思は、保守的なものと革新的なものに二分できるのではないかとも思う。
庶民が個人的にする再生産は、おそらく後者だ。
そして、前者の方は、生産物を纏め上げるスピードやそれを生かす力が強いような気がする

これを綺麗にまとめることで、プロジェクトのスピードアップが図れればいいなあ、と思うことがたびたびあるのだが、本当に必要なスキルはスピードアップではなく、スピードコントロールなのかもしれない。ただ、制御できていいのかどうかは常に考えていく必要が有るだろう。

推敲もせず書きなぐった文章です。
あえて例を出さなかったので、漠然とした文章になってしまったけど、あなたはこれに何か当てはまると思うことはありますか?そして、それを当てはめたことに対して、どうしたいと思いますか?

(この記事は、以前mixiでアップロードしたものと同内容です。後になってこのblogでも公開しました。)