ノアの蟹工船
蟹工船が流行っているらしい。
確かに、書店に行くとポップが付いていることが多い。
だが、どう見ても、店員が蟹工船を読まずに書いたもののように感じてしまうのだ。
長いこと、出版不況なのだそうだ。
だが、新潮文庫の蟹工船が売れたところで、たいして収益にはならないだろう。
それに、蟹工船はもう著作権が切れて青空文庫にも収蔵されているはずだ。
となると、蟹工船を使って労働運動を活性化させてみたい方々の中の一部が仕組んだ、
ひとつの演出なのではないだろうか、と邪推してしまう。
だが、蟹工船がいまの時代には合うかというと、疑問が残る。
どれだけの現代人があれを読んで、扇動されるのだろうか。
ニートが読んだところで働くのが怖くなるだけのような気もするし、
いや実はそれが狙いなのではないか、とか言い始めると陰謀論フラグが立ちそうだ。
これが演出された流行だったとして、何が目的なのかはよくわからないが、
蟹工船が見直されるなら、農耕文学的に労働や労働環境の美しさを文学的に表現したような作品とか、
団結の情熱が美しく表現されるような作品がもっと他に注目されてもいいような気がする。
ちょっと逸れるが、花登筺とか、ああ野麦峠とか、おしんとかがもっと国内で見直されてもいいと思うし(もう古いのだろうか?)、
蟹工船や小林多喜二だと、共産党が推してるんじゃないの?みたいな偏見もあるだろう。
日本も、世界的な人件費競争と、労働対価と通貨価値の激しい不均衡に巻き込まれはじめてしまっている以上、
現代の日本人にとっては、まだ蟹工船なんて、一部を除いてほとんど無い状態なのかもしれない。もちろん、ひどい労働環境も少なくない筈だけど。
あえて挙げるなら、真面目に研修指導をしている雇用主には悪いのだが、
フィリピンパブ方式の労働形態を合法化して濫用されているともいえる外国人研修生制度あたりが、
現代の蟹工船とでもいえそうな気もする。下を見てもきりがないが。
そう考えると、もし外国人研修生に蟹工船が流行ったら、どうなるだろうか。
怖い結果を思い浮かぶような職場なら、濫用されてるってことだろう。フランスの暴動なんかが、現実の例なのかもしれない。
所得における理想と現実の乖離が進むいまの日本には、
蟹工船でもポチョムキンでもいい、とにかく、理想を追求できるような船が足りなさすぎるのだろう。
沈み行く船、職場や労働環境の改善というものは、不可能ではない。
だが、改善できる環境だとしたら、少しは改善がされはじめているような気もする。
グッドウィルもフルキャストも、組合ができたものの、改善の話を聞く前に、国につぶされてしまったのは非常に残念だった。
素人目には、構造的に建て直す事は不可能ではないと思っていたのだが、
不可能ではない形での建て直しは、国にとって不都合だったのだろうか。
何が理想なのかは、人や世代などによって確実に違ってくるから、話はますます難しい。
日本において、ニートですら競って乗りたくなるような、誰もが乗ることができる船が出てくる希望はあるのだろうか。
その船にかかわる人間や、船の存在が、出る杭になってしまわないだろうか。
はぐれゆく日本国籍護送船団は、競争に敗れ沈み行く運命なのだろうか、それはわからない。
それでも、日本語という言語に縛られている以上、日本という場所に期待するしかないのだろうか。
日本に現れる希望の船が、軍艦でないことを願いたい。
(ずいぶん前に下書きしておいたエントリーです。うずめとくのもなんなので、手を入れて公開してみました。)